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「京都って、いいですねぇ…」 [東京と京都]

 先月、東京へ行ってきた。宿泊したところは、水月ホテル鴎外荘。上野・池之端にあって、敷地内に森鴎外が『舞姫』を執筆した住居が保存されている、閑静な宿だった。東京にこのようなホテルがあるとは、今まで知らなかった。考えてみれば、自分が住んでいる土地のホテルなど調べる機会はそうそうない。土地のことは土地の者に訊けというが、長年住み続けていると、無意識に行動範囲が限定されて、どこでも知っているようなつもりでも案外未知の場所があるのかもしれない。
 東京では旧知の友人知人に会うことと、レオナルドの受胎告知を観ることが主な目的だったが、話題の東京ミッドタウンへも行ってみた。ここ数年の東京の再開発は、すさまじい速さだ。汐留シオサイト(2002)、丸ビル(2002)、六本木ヒルズ(2003)、表参道ヒルズ(2006)、そして2007年3月にオープンした東京ミッドタウン。オリンピック招致が決定すれば、ますます建設ラッシュが続くだろう。しばらく東京を離れた間に、東京は見知らぬ街になりつつある。ちょっと寂しい。
 僕の周囲の京都人の中に、今年のゴールデンウィークを利用して東京へ遊びに行った人が幾人かいた。どこへ立ち寄ったのか訊いてみると、若い人はディズニーリゾート(厳密には東京都ではないのだが…)、お台場、年配者は浅草、上野。また、今の旬としては東京タワーや秋葉原。同じ場所を何度も訪れている人も少なくない。だが自分が東京に住んでいたとき、ディズニーリゾートは例外として、お台場や浅草はそうそう頻繁に出かける場所ではなかった。東京には、まだまだいいところがある。前にあげた再開発地区もそうだし、浜離宮・清澄庭園・小石川後楽園などの名園もある。都電に乗ってとげぬき地蔵にも行ってほしい。
 今回、東京で会ってきた人の一人に、「今は京都にお住まいなんですねぇ。いいですねぇ…」と、語尾を心もち強調して目を細めて言われた。最近の年賀状などにも、この「いいですねぇ」が散見され、何がいいのだろうと思っている。それはまあ、東京よりは人口も少なく閑静で、空気も多少きれいだろう。しかし、南の島でのんびりリゾート暮らしをしているのとは訳が違うのだ。東京の人には、京都に対して特殊な憧れがあるように思う。
 東京にいた頃、周囲で京都へ行ってきた人にどこを訪れたか訊いてみると、金閣寺(正式には鹿苑寺)、清水寺、大原、嵯峨野…。そして旅館の浴衣に下駄で花見小路あたりを散策して、お土産は八ツ橋。「いいですねぇ」という言葉の下には、そういう旅の情緒がひっくるめて潜んでいるのだろう。高瀬川畔の町家で、いずこからかコロリンと聞こえてくる琴の音でも聞きながら、明治時代さながらの暮らしをしているようなイメージがあるのだろうか。もっとも、「いいですねぇ」と言われて悪い気はしないが。
 それで思い出したが、かつて千葉県北部に住んでいた頃、旅先で「千葉から来ました。」と言うと、しばしば「暖かいでしょう」という挨拶が返ってきた。北陸地方で、「雪は初めてですか?」と真顔で訊かれたこともある。南房総は確かに暖かいが、雪が降らぬということはないし、僕が住んでいた北部では都内より雪深いこともあった。土地のイメージというものは、どこにでもあるのかもしれない。
 さて、金閣寺や清水寺など、中学生の修学旅行でも大概行っているのに、大人になってからもやっぱり行く。鹿苑寺金閣は、三島由紀夫や水上勉の小説で有名な1950年の放火事件で消失し、現在の建物は1955年に再建されたものである。消失以前は国宝に指定されていたけれど、現在のものは国宝ではない。僕が初めて訪れた1977年頃は、金箔が剥がれかけて黒ずんでいた。その後、1986年に行われた昭和大修理で現在のような姿になった。だから、建物は築50年ほど、外装は20年ほどということになる。ただし、金閣を含む庭園は特別名勝の指定を受けている。また、近年世界遺産にも指定された。

 古いものはすべて良し、新しいものは無価値だという気はない。しかし、金閣寺のイメージをもって京都の印象としてもらうには、やや抵抗がある。金閣は創建当時の姿を復元したものである。足利義満の富と繁栄の象徴として、歴史的に観る価値はあると思うが、現代人の生活の中に生きているとは思えない。悪く言えば、観光都市京都が人集めのために掲げている大看板という感じがする。もし、京都の寺々が軒並み、往時の姿に復したらどうなるだろう。朱の堂塔の中に金ピカの仏像や極彩色の神像が立ち並び、およそ古都の雰囲気が消滅することは間違いない。
 僕の周囲の京都人の中には、金閣寺に行ったことがないという人も少なくない。観光客の行くところには行かないというような、食わず嫌いも多少あるだろう。「観光客の歩く道と地元民が通るところは違う」というのは確かに感じる。それこそが、外部の人がもっている京都のイメージと実際の生活感とのギャップにつながっているのではなかろうか。代表的な観光スポットも一度は訪ねてほしい。しかし、そこが本当にお気に入りの場所というのでなければ、次は未見の場所に足を運んで新しい発見をしてほしいと思うのである。


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